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取税人ザアカイ [チャペルタイム]

みなさん、こんにちは。
遅くなりました。今日は火曜日です。
日曜日の次の次の日ですね。何してたんでしょう、ぶぅは。
謎です。

日曜日は、黒田先生ご夫妻が栃木の教会の総会のため、兄(けい)による、代読でした。
ご奉仕感謝します。

というわけで、チャペルタイム(メッセージ)の要約を載せたいと思います。
説教題は取税人ザアカイ
中心聖句は「人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。(ルカ19:10)」

ここには、実にひたすらお金を溜め込むことを人生の生きがいとしながらも、心の中には本当の喜びもいのちもない一人の男性が、イエス・キリストと出会うことによって、その考え方や生き方が全く変えられたという出来事が記されています。本当の喜びもいのちもない、寂しく孤独な人生に、どうしたら本当の喜びといういのちがあたえられるのか。イエス様に出会ったザアカイという人物を通して、学んでいきましょう。
まずは、イエス様に出会う以前のザアカイをみてみましょう。当時、エリコの町やエルサレムを含むパレスチナの地域は、ローマ帝国の支配下にありました。ローマ帝国といえば、地中海を中心として、西は今のフランスやスペイン、南はアフリカ大陸の沿岸地方に至るまで、実に広い領土を治めていた超大国でした。
その領土内に住む人々は、ローマ帝国に対して税金を納める義務があったのです。そのような広い地域から税金を徴収する場合、ローマ帝国はその土地の人間を請負人として、雇うことが多かったようです。また、請負人はというと、多くの取税人を雇い、税の取立てにあたらせていたようです。
ザアカイがここで「取税人のかしら」と呼ばれているのは、彼が多くの取税人を雇っている請負人だったことを、意味しています。

次に考えてみたいのは、お金もあり、地位もあったザアカイが、他の人々からどのように思われていたかです。7節を読んでみましょう。彼は人々から「罪人」とよばれていました。彼が嫌われるのには、それなりの理由がありました。ローマ帝国はなぜ税金を徴収するのに、その土地の人間を用いたのでしょうか。それは、地元の人の方がその土地の人々やその土地にあったやりかたを一番よく知っていたからです。ですから、取税人といえば、まさしく自分を売っては、同胞からお金を集めていた人間だったわけです。さらに、税金の集め方がかなりあくどいもので、ただでさえ、重税で苦しんでいる人々から法律で定められた以上のものをだましとっては、その分を自分のふところに入れていたというのです。ですから、取税人というば、当時の人々にとっては、憎むべき、軽蔑すべき存在の筆頭でした。

さて、私たちは、ザアカイについていくつかのことを知りました。
①金持ちであり、社会的には地位があったということ
②しかし、人々は彼を嫌っていたということ
③あくどいことをしては、人々を苦しめ、私腹を肥やすようなことをしていたこと
④宗教的には救われる見込みのない汚れた人間とみなされていたこと。
しかし、私たちはこれでもザアカイという人を理解したことにはなりません。
そこで、私たちは、ザアカイという人をもう少し違った視点で、すなわち、彼の内面ということから、考えてみたいと思います。
エリコの町の取税人のかしらという地位にのぼりつめて、自分のところに集められてくるお金の勘定に日々を過ごしていた彼の心には、ぽっかりと穴のようなものがあいてはいなかったでしょうか。お金を目当てにへつらいながら、自分に近づいてくる人間はいたとしても、本当に友と呼べる友がひとりとしていなかったとすれば、なんと寂しいことでしょう。彼の内側には本当の喜びもいのちもなく、寂しく孤独な人生を送っていたのです。

今度は、イエス様とザアカイとの出会いについて考えてみましょう。イエス様は、エルサレムに向かう最後の旅の途上で、エリコの町をお通りになりました。ザアカイは、イエス様を取り囲んだ群衆の外にいてイエス様を見たかったのですが、背が低かったため、それがかなわなかったのです。
そこで彼は、「いちじく桑の木に登ろう。そうすれば、イエス様を見ることができるかもしれない」と考えました。
そして、いちじく桑の木の上にいるザアカイにとって思いもかけない展開となったのです。
イエス様がザアカイのいる木の下に来ると、突然足をとめられ、上を見上げてこう言われたのです。
「ザアカイよ。急いでおりてきなさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」
イエス様は、ザアカイの名前だけでなく、何もかもがお見通しでした。何もかも承知の上で、「あなたの家に泊まる事にしてある。」と言われたのです。
ザアカイの人生に起こったこと、それは、他人から奪い取るだけの人生から、与える人生に変えられたということです。愛のない人生が愛に満ちた人生に変えられた。感謝のない人生から感謝のある人生に変えられた。喜びのない人生から喜びのある人生に変えられた。
最後になりますが、10節にでてくる、「人の子」とは、イエス様のことです。それでは、「失われた人」というのは誰をさすのでしょうか。それは、ザアカイのことであり、私たちのことでもあります。
そこであなたはいかがでしょうか。神様から離れてしまったあなたの心、その心の中にはなにものにも埋め尽くすことのできない空洞があるのではないでしょうか。
しかし、唯一、あなたの心の空洞をみごとに埋め尽くすことのできる方がおられるのです。イエス・キリストです。イエス・キリストは今も失われた人を救うために探し求めておられるのです。イエス・キリストはきょう、あなたの人生に訪れておられないでしょうか。あなたを見上げて語りかけてはおられないでしょうか。その語りかけに対して、あなたは、木の枝に身を隠そうとなさるでしょうか。それとも、ザアカイがそうしたように、急いで木から降りてきて、大喜びでイエス様をお迎えしたいと願われるでしょうか。
あなたを待っておられるイエス様のもとに思い切って歩み寄っていただきたいと思うのです。

イエスに出会った人々‐カナン人の女性‐ [チャペルタイム]

みなさん、こんにちは。ぶぅです。
またまた遅くなりました。
もう、日曜日更新!!て言うのは、やめます。。。
というわけで、今週は、母の日でした。みなさん、お母様に薔薇の花束1万本あげましたか?
ちなみに、ぶぅは、教会用にさつまいものトリュフと、ピーナッツバタークッキーをつくりました。
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さて、今週のチャペルタイム要約です。黒田明先生です。
中心聖句 使徒15:11 説教題 イエスに出会った人々-カナン人の女性-

今回は、救い主イエス・キリストを信じる幸いについて学びます。「主イエスを信じる者は誰でも救われる」とのメッセージは、世界中の人に等しく呼びかけられている神様からの招きであり、神様はその救いを提供するために、あらかじめ1つの民族をお選びになりました。ユダヤの民イスラエルです。しかし、選民イスラエルは、異邦人を軽視したり、独善的な排他主義をとるべきではありませんでした。なぜなら、彼らが選ばれたのは、たとえば数が多かったとか、能力があったとか、そういったことではなく、神様の側の一方的な恵み、あわれみによったからです。彼らが選ばれた目的は、神様からの恵み、あわれみによって選ばれた彼らを通して、他の人々が救われるためであったいうことを、知るとき、どうして他の人々を軽視したり独善的な排他主義をとることができるでしょうか。ところが、選民イスラエルは、いつしかそのことを忘れてしまったのです。彼らは自分たちが特別な民であることを誇るようになり、一方、異邦人に対しては排他的な意識をもつようになっていくのです。そしてその傾向性はイエス様のお弟子さんたちのうちにもみられるものでした。彼らは、今回登場してくる一人の女性をまるで野良犬のように追い払おうとしたからです。彼らにとってカナン人のこの女性は、「選民イスラエルの外にいる存在」でしかなかったのです。
では、イエス様はこのときどうだったかというと、イエス様が発した言葉には、いっけん「冷たさ」があります。イエス様がおとりになった態度には「つれなさ」を感じます。けれども、よく読んでいくと、イエス様は異邦人のこの女性との出会いを通して、次の二つのことを願われたのです。1つは、この女性の悩みを解決してあげたいということ、2つめは、このことをきっかけに、「信じる者はだれでも救われる」ということをお弟子さんたちにもわかってもらいたいということです。そのためにとった方法が、いっけん冷たくも思えることばであり、態度でもあったというわけです。
ポイントをしぼってお話をしたいのですが、ここに登場してくるカナン人の女性の悩みはなんだったでしょうか。それは、娘が酷く悪霊にとりつかれ、手の施しようがなく、途方にくれていたことです。ところが、病気の人を治したりと奇蹟を起こすイエス様が近くの町にこられたとのニュースを聞いたので、彼女はすぐにイエス様のもとへと行ったのです。しかし当時、ユダヤ人は異邦人、ことにカナン人との接触を嫌っていたので、ユダヤ人であるイエス様が異邦人である自分を相手にしてくれるだろうかという問題がありました。それでも彼女はめげませんでした。
次にみてみたいのは、この女性の信仰についてでありますが、彼女の信仰にはどのような特徴があったかというと、まず1つめ、イエス様を「主」と告白するところの信仰があったということです。とは言ってもこのとき彼女がイエス様をどの程度理解していたのか、私たちにはわかりませんが、主イエス様に信頼し、彼のもとに近づいていった、、このことがなければ、娘も癒されませんでしたし、彼女の人生も大きく変わるということもなかったわけです。そこで、このようなことを思う時、はたして私たちは彼女のようなステップを踏んでいるでしょうか。イエス様の理解がどの程度であれ、主イエス様に信頼し、彼の元へと近づいていくステップを。この第一歩を踏み出すことがあなたの人生の変革、またあなたが変わることによってあなたの家族が、あなたの、周囲が変わっていくチャンスとなっていくのです。
続いて第2として、彼女にはとことんへりくだる信仰があったということです。イエス様にたいする彼女の熱心さは、ただの図々しいたぐいのものではありませんでした。むしろ、パンくずでもいいからいただきたいという謙虚な熱心さが彼女にはあったのです。ただし、彼女も初めからそうだったわけではありませんでした。22節のところで、彼女はイエス様に向かって「主よ、私をあわれんでください」と叫んだだけでした。しかし、25節にいたっては、イエス様の前にひれ伏し、「主よ、私をお助けください」と叫んだのです。これは、「イエス様。もはや私にはあなたの他に助けていただく道がないのです」との告白であって、ここにきてようやく、彼女のへりくだりをみることができるのです。そして、28節に至りますと、彼女に対するイエス様からのお褒めの言葉と彼女の娘のいやしの記事へと展開してまいります。
それにしても、イエス様は、今回どうして、彼女の願いにすぐに答えてはくださらずに、わざわざトンチ問答のようなことをなさったのでしょうか。思うに、その人の信仰が深められ、その人の熱心が本当の熱心へと変えられていくためには、どうしてもイエス様との生きた交わり、イエス様との親しい対話が必要だったのではないでしょうか。今回のメッセージからは次のことを覚えておくことにいたしましょう。「主、イエスを信じる者は誰でも救われる」とのメッセージはすべての人のために開かれている神様からの、恵みである。「主、イエスを信じる者は誰でも救われる」とのメッセージは、私やあなたのためにも開かれている神様からの恵みである。

驚くべき出来事 [チャペルタイム]

みなさん、こんにちは、ぶぅです。
ちょっと前に、アルパカが流行りましたが、みなさんは、猫派、犬派どちらですか?
ちなみに、ぶぅは、狼が好きです。飼いたいです。

閑話休題、本題に入ります。
今回の、メッセージは、眞琴先生です。
聖書箇所「使徒の働き2:1~13」
中心聖句「酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。」
説教題「驚くべき出来事」

本日は、教会暦で「ペンテコステ」にあたります。
私たちの主キリストは、地上に残す弟子たちのために、父なる神のもとから「助け主」(聖霊)が遣わされることを約束なさいました(ヨハネ16章)。「ペンテコステ」とは「聖霊の降臨」とも言われているとおり、私たちのために助け主なる聖霊が天よりこの地上に降ってきてくださったことを記念する日なのです。
本日は、AD30年頃のエルサレムに起こった、この不思議な出来事、聖霊降臨についてご一緒に学びましょう。

助け主なる聖霊が降ってこられたとの不思議な出来事が起こったのは、イエスが昇天なさってから10日後のことでした。その日はちょうど「五旬節」というユダヤの祭りの日でもありました。首都エルサレムには世界の各地から、ユダヤ人だけでなく、多くの異邦人が集まっていました。不思議な出来事は、ちょうどその日、そこにある、一軒の家で起こったのです。
その家にいたのは、イエスの弟子たちでした。
彼らはイエスからの約束を信じ、1つところに集まって祈っていたのです。
彼らが信じ、祈っていたイエスからの約束とは、「彼、すなわち助け主なる聖霊をあなたがたのところに遣わす(ヨハネ16:7)」というものです。
そして、そのためには、「エルサレムを離れないで、…約束を待ちなさい」(使徒1:4)というのです。そればかりではなく、そうするならば、約束のとおりに聖霊が降ってこられ、、弟子たちは力を受ける、そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となる…つまり、世界宣教の第一歩はこのエルサレムから始まるというビジョンをイエスからいただいていたのです。(使徒1:8参照)

彼らは、イエスからの約束を信じ、集まって祈っていました。すると、約束の聖霊は確かに降ってこられました。
しかも、聖霊は不思議な3つのしるしを伴って、弟子たちのところに降ってこられたのです。

1つめは、激しい風のようなものが彼らのいる家全体にふきつけられたということです。これは弟子たちの集まりの中に、神からのいのちの息が吹き込まれたことを意味しています。それは、最初の人アダムが神からいのちの息を吹き込まれたことによって、神のみこころを知り、神のみこころに生きる者とされたように、最初の群れとしての彼らはまるで激しい風のような聖霊を注がれることによって、神のみこころを知り、神のみこころに生きる共同体とされたのです。私たちはここに神によって誕生した最初の教会を見るのです。

2つめは、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまったということです。弟子たち一人ひとりの上に、炎のようなお方でおられる聖霊が臨んだというのです。旧約時代、聖霊はギデオンやサムソンという特定の個人にしか注がれませんでした。しかし、今は、聖霊はイエスを信じるすべての人の上に注がれる時代となったのです。その聖霊はまるで炎のようなお方として、救霊の情熱を私たちに与え、また私たちの内にある罪やけがれを焼き尽くす働きをもしてくださるのです。

3つめは、実はその日、不思議な物音に驚いて、大勢の人々が弟子たちのところに集まっていましたが、弟子たちは不思議なことに他国の言葉を話せるようになり、神の大きなみわざを彼らの前であかしするようになったのです。
ひとりひとりの上に聖霊が臨むと、弟子たちの宣教態度に大きな変化が起こってきました。福音書の中の弟子たちは、弱く、恐れ易い者たちでした。ところが、ここに見る弟子たちは、人々を恐れることなく、大胆に福音を語っているのです。その秘訣は「聖霊の満たし」にあるということが「使徒2:4」を読んでいただくと分かってきます。

聖霊は祈り続けていた使徒たち一人ひとりを満たし、彼らは他国の言葉で神の偉大さを語りました。聖霊に満たされた本人も驚いたでしょうし、その様子を見た人々も驚き戸惑いました。この驚いた人々が福音を受け入れたのです。すなおな驚きが信仰へ導き、この信仰が恵みへと導くこととなったのです。
けれども、驚くどころか「酔っているのだ」とあざける人たちもいました。聖霊の不思議としるしに接しても、人間の理解の枠に収まるように、合理的に説明して、それで落ち着くなら、神の国は遠くなってしまいます。信仰は、聖霊のみわざに驚く、主をおそれることから始まるからです。聖霊は人を驚かすお方です。

聖霊を受けたペテロの変化にも注目したいと思います。「無学な普通の人」(使徒4:13)が聖霊によって神の偉大なうつわに変えられたのです。このように、聖霊は「無学な普通の人」を力ある者に変えられるお方です。聖霊は、弱くて、愚かな者を用いて、この世の強く賢い者を恥じさせる(Ⅰコリント1:27)お方です。弟子たちは聖霊を受けて初めて、神の国のスケールの大きさが分かったのだと思います。聖霊が望むまでは、理解できない恵みの世界があります。満たされなければ、体験できない神の力があります。また、聖霊はひとりひとりにキリストの心を与え、ひとつにし、教会という「キリストのからだ」を生み出されます。聖霊による教会の誕生と人々の救いと成長は今日も続いています。聖霊は教会を生み出すお方です。

私たちはキリストを「救い主」として心に迎え入れたお互いです。今度は私の「人生の主」としてもキリストを歓迎し、キリストの御霊とも呼ばれている聖霊に導かれながら信仰生活を送っていく者たちでありたいと思います。神の祝福があなたを通して人々に溢れ、あなたを通して人々がキリストと新たに出会うことができるようにと祈ります。あなたは、祝福を持ち運ぶうつわです。

来週は、黒田先生ご夫妻が不在のため、協力牧師の先生が来てくださいます。
次回は3分間メッセージを記載したいと思います。

今週の聖歌=新聖歌416「聖霊来たれり」

アンテオケ教会 [チャペルタイム]

みなさんこんにちは。ぶぅです。
最近曇ってても暑いですね。まだギリ5月なんですが。

益子教会では、毎回、奏楽者の方がお花を飾ってくださるのですが、今回のお花がとてもかわいらしかったので、載せます。癒されます。テッセンというらしいです。
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てことで、メッセージです。今回は黒田明先生のメッセージになります。
聖書箇所:使徒の働き13:1~12
説教題:アンテオケ教会
中心聖句:弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。(使徒11:26)

「使徒の働き」には、パウロの宣教活動とのかかわりで、2つの「アンテオケ」が登場してきます。
1つは、シリヤのアンテオケ(今のトルコ共和国の東南端に位置する通商貿易中心の国際都市)で、もう1つは、ピシデヤのアンテオケです。なお、今回は、シリヤにあったアンテオケ教会について取り上げてみることにしましょう。

キリスト教の歴史において最初に誕生した教会といえば、ユダヤ人からなるエルサレム教会であることは、よく知られていることです。では、最初の異邦人教会(キリストの福音を実践した最初の多民族教会)といえば、それこそ今回学ぼうとしているところのアンテオケ教会なのです。
この教会の誕生は、「使徒の働き」によるとステパノの殉教のあと、キリスト者たちは激しい迫害に遭いました。そのため、彼らはあちこちに散らされていくのですが、彼らは、ただ逃げるのではなく、行く先々でユダヤ人に神のみことばを宣べ伝えました。しかも、アンテオケにおいてはユダヤ人のみならず、異邦人にまで福音を宣べ伝えたのです。これが、アンテオケ教会の始まりです。

このアンテオケ教会を調べていくと、いくつかの特徴があることに気が付きます。「最初に宣教師(パウロとバルナバ)を送り出した教会であること、そして、「うるわしい礼拝」があったということ。
というのも、使徒の働き1章1節に記されているバルナバとは、キプロス出身のユダヤ人でした。「ニゲルと呼ばれるシメオン」と「クレネ人ルキオ」のふたりは、アフリカ出身の黒人でした。「国主ヘロデ王の乳兄弟マナエン」は、王族と深い関わりのある身分の高い家柄の出身でした。また「サウロ」とは、みなさんご存じのパウロのことで、彼は生粋のユダヤ人でした。つまり、人種も違い、また社会的地位も違う彼らでしたが、クリスチャンとなった今、その違いを超えて、一つ所に集まり、心を一つにして、まことの神を礼拝していたというのです。
必要とあらば断食をし、また祈りにも専念していました。ですから、私たちは、ここにうるわしい礼拝をしていたアンテオケ教会の姿を見ることができるのです。

さらに「聖霊の導き、聖霊の働きが顕著であった」ということも、特徴の一つです。バルナバとサウロに宣教命令を下したのは、聖霊でした。また、伝道旅行に彼らを遣わしたのも聖霊でした。そして、キプロス島の首府パポスというところにおいて、総督セルギオの救いという喜ばしい記事が12節のところにありますが、彼の救いのためにパウロが用いられましたが、主導権を握っていたのは聖霊でした。
福音宣教ということを聖書から学んでいくと、その働きには徹頭徹尾聖霊のみわざであるということを思わされます。聖霊がともにいてくださるなら、問題もなくことがスムーズに運ばれていくと思いがちですが、実際はそうではありませんでした。
パポスというところで、バルナバとパウロは、魔術師エルマに出会います。み言葉を宣べ伝えようとする彼らをエルマは妨害してきたのです。おそらく、その背後で働いていたのは、サタンでしょう。サタンは人の心が神に向かないように、またキリストを信じることがないように、巧みに罠をしかけてくるのです。ときにみ言葉を宣べ伝える者をダメにし、教会を分裂させようとします。しかし、聖霊に満たされていたパウロは、伝道を妨げようとする者に対して、きびしい態度で臨みました。そして魔術師エルマを、その背後にいるサタンをにらみつけ、激しい言葉をもって、撃退したのです。いずれにいたしましても、聖霊の導き、聖霊の働きが顕著であったというのが、アンテオケ教会の特徴の一つであったのです。

使徒の働き11:26を見ると、「弟子たちは、アンテオケで初めてキリスト者と呼ばれるようになった」とあるように、周りの人々から「キリスト者、クリスチャン」と呼ばれ、あだ名されるようになったのは、アンテオケ教会が最初でした。
彼らにとって生きることはキリストであり、キリスト一辺倒だったということではないでしょうか。キリストを思う思いが、日曜日だけではなく、毎日がキリスト、一瞬一瞬がキリストとなって、彼らは、その主を信じ、愛し、喜んで従っていったのです。
私たちとしては、当時の人々のキリストへの篤き信仰を見習いたいと思うのです。そして、願わくは、私たちの生きざまを通して、救い主なるキリストを世の人々にあかししていく・・・、聖霊に助けられ、聖霊に導かれながら。そういう者でありたいと願うのです。

今週の賛美が素敵な詩だったので、一部を載せて終わりにしたいと思います。
新聖歌437番「行きて告げよあまねく」

「暗き闇もしばし 義の日なるイエスの
輝き世を照らす 明日は近し」

家族伝道 [チャペルタイム]

こんにちは、ぶぅです。
実は、今週の日曜日、ぶぅは、イベントがあり、礼拝をお休みしてしまいました。
でも、優しい友達がチャペルタイムを届けてくれたので、こうして、ブログをUPできます。
ありがとうー♡
イベントは大盛況で終わりました。感謝です。

てことで、今日のメッセージは、黒田眞琴先生です。
聖書箇所「使徒の働き16:11~40」
説教題 家族伝道
中心聖句 ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」と言った。(使徒16:31)

本日の聖書箇所である16章から、パウロの第二次伝道旅行が始まっていきます。この二回目の旅行の目的は、前の伝道旅行で福音の種がが蒔かれた教会を訪問して、そこで救われた人々に、エルサレム会議で採択された事柄を伝えて、彼らを励ますことでした。この「エルサレム会議」は、異邦人の救いについて話し合うものであり、「人は。。。ただキリスト・イエスを信じる信仰によって義と認められる」(ガラテヤ2:16)というパウロの考えが認められた会議でした。

本日は、マケドニア地方のピリピで起こった3つの出来事について取り上げます。
二つの家族の救いと一人の女性の救いの記事です。本論に入る前に、本日の聖書箇所前の使徒の働き16章1節~10節を見ていきます、

まず、1~5節。第二次伝道旅行途中でパウロの同労者となったテモテについての記事があります。彼は忠実な若い伝道者であり、出身地は、小アジアのルカオニヤ地方のルステラで、祖母と母の熱心な信仰を受け継いだクリスチャン三世でした。(Ⅱテモテ1:5)家庭や教会で祈られ、育てられたテモテの働きの素晴らしさには目を見張るものがあります。
 次に6~10節。この伝道旅行先が導かれるまでの、道筋が記されています。実はパウロたちは、計画をたてその道を行こうとすると、道が閉ざされたり、事情で行けなくなることが続き、自連亜mを体験していました。著者のルカは「ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった」なとど表現し、主によって行く道が制限されたことを記しています。彼らはいったん北上してから西に行き、港町トロアスにつきました。そして主に道を祈り求めていたパウロは、ここトロアスでの夢を通して(すぐにこれが神のみ旨であることを確信し、)マケドニア地方へとただちに進路を変更するのです。この旅は、聖霊に導かれた宣教であり、主の導きに従ってスタートしたものでした。

本論に入ります。
まずは、11~15節。ここには、「紫布の商人ルデヤとその家族の救い」の記事があります。ルデヤは、14節をみると、「神を敬う」女性であり、ユダヤ教への改宗者で、神の律法を守ろうとしていた、職業婦人であり、安息日には、祈り場へと出かけていき、神に礼拝をささげる女性であることが分かります。彼女にとって安息日礼拝は当たり前の生活の一部になっていたようです。しかし、このように自分の頑張りで神の律法を守ろうとする人には、陥りやすい過ちがあります。それは、人をさばきやすいということです。自分と同じことができない人、しようとしない人が理解できないのです。
 彼女にもその傾向性があったものと思われます。けれども、パウロの語る福音に耳を傾けたとき、(実に主の働きによることでした)、彼女の心は開かれました。
主がルデヤの心を開いてくださったゆえに、神への悔い改めと、救い主イエス・キリストへの信仰とが彼女の心に湧きおこってきたのです。このとき、彼女は自分の罪、自分の高慢さがわかりました。自分は決して人をさばけるような人間ではないと気づかされました。こうして彼女は救われました。
彼女は、まったく新しい、キリストにある自由と喜びの人生を自分のものとすることができたのです。そして、15節には、彼女の明確な救いの体験が、彼女を通して、家族の救いへと広がっていったことがわかります。また、そのことにとどまらず、彼女の家は、信者の集まるピリピ伝道の拠点となりました。ルデヤとその家族はヨーロッパ伝道の初穂となり、彼らが中心となって模範的な教会といわれるピリピ教会ができたのです。

続いて、16~18節。ここには「占いの霊に憑かれた若い女奴隷の救い」の記事があります。彼女は占いの特別な能力をもち、それゆえ、主人たちから金儲けの道具にされていました。彼女の特別な能力が、彼女を不幸にしてしまっていたのでした。ところが、パウロがイエス・キリストの御名によって命じると、彼女についていた悪い霊が「即座に」出て行ったのでした(18節)イエス・キリストの力が悪霊の束縛から彼女を解放したのでした。

最後は19~40節。ここには「牢屋の看守とその家族の救い」の記事があります。すでに申し上げたとおり、占いの霊につかれた若い女性は、パウロとの出会いによって劇的ないやしの奇蹟を体験しましたが、そのことを快く思わない彼女の占いによって、金儲けをしていた主人たちによってパウロとシラスは捕らえられ告訴されてしまいました。訴えの内容は、二人が公の秩序を乱す者であること、反ローマ的行動をしていることの二点でした。本当の理由である自分たちの秩序については表明していません。そして、パウロたちは、過酷なむち打ちの刑のあと、牢獄につながれます。看守は「ふたりを牢にいれ、足に足かせを掛けた」(24節)のですが、ここにその後の出来事につながる伏線があります。
 心がなえてしまい、怖れに捕らわれてしまうような困難の中にあっても、二人はなお、神に祈り、神を賛美していたことがわかります(25節)キリストにあって抱いている彼らの喜びを奪うものは何もなく、たとえそれが堅固な牢屋であったとしても、彼らの内にある喜びを閉じ込めておくことができなかったのです。
 見知らぬ土地での宣教には、予期せぬことが起きます。けれども、パウロ一行は、いつもなすべきことをしているように思えます。パウロとシラスにとって、苦難の時と、普段の時とになんの違いもありませんでした。パウロは「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りさい。すべてのことについて、感謝しなさい」(Ⅰテサロニケ5:16~18)と教えていますが、すべてが「いつものように」なのです。彼らにとって主が共におられるなら、どこであろうとそこが神の国でした。伝道旅行であっても、いつも同じだったのです。

いつものように、祈り賛美していると、いつものように、主のわざがなされ、道が開かれます。それが、使徒たちの伝道です。主は、私たちの「いつものように」の信仰に応答してくださるお方です。この「いつものように」がなければ、クリスチャンも教会も成長しないのです。特別な集会も、この「いつものように」があって初めて意味をもってくるのです。順境のときも逆境のときも、そして伝道も、すべて「いつも」が決め手になります。あなたは「いつも」何をしていますか。時間ができたら祈ろう、引退したら聖書を読もう、そんなことはまずできません。いつもしてきたようにしかできないのです。私たちの「いつものように」祈り、賛美し、福音を伝える姿を通して、今週も私たちの家族の救いが広がっていくことを信じます。


少し、長くなってしまいましたが、いかがですか。
みなさんの上に、神様の豊かな祝福がありますように。
今週の聖歌♪ 新聖歌428
「世の楽しみよ去れ。世の誉れよ行け
キリストには代えられません 世の何物も」

良い人の心掛け [チャペルタイム]

珍しく、月曜にアップします。びっくり。
あ、みなさん、こんにちは、ぶぅです。
みなさん、十戒、暗唱できますか?ぶぅは、できないです。がんばって覚えたいと思います。主の祈りも暗唱できないんですよねぇ。。。
てことで、昨日の教会のお花がまたまたきれいだったので、写真載せます。
これ、活ける人うますぎ。
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メッセージにはいります。黒田明先生です。
説教箇所=使徒の働き17:1~15   説教題=良い人の心掛け
中心聖句「ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。(ヤコブ1:21)

パウロの第二次伝道旅行の際、彼とその一行がエーゲ海の北西部に位置するテサロニケ、またべレヤへと遣わされたときの出来事から、パウロの3つの心掛けと、良い人たちの3つの心掛けについてみていくことにしましょう。

まずは、テサロニケにおけるパウロの3つの心掛けについてです。第一のことは、「いつもの礼拝
」ということです。彼は、「神を礼拝する」ために会堂に入って行って、「いつもしているように」神に礼拝をささげたのです。実はここは何気なくかかれているし、またパウロともなれば、安息日に会堂で礼拝をささげるのは当然だくらいに思っていると、ここのところは、スーッと通り過ぎてしまいます。そして、ここのところは会堂で礼拝をささげることの大切さを教えているのに、それを見過ごしてしまうことになるのです。

というのも、このときのパウロがおかれていた状況はどんなであったかというと、第1に、彼は病気のため静養が必要なときでした。パウロには肉体に「とげ」がありました。彼は、打ちのめされるような頭痛に悩まされていたと言われています。ある人の話によると、その痛さは、まるで真っ赤に焼けた棒が頭を突き通すような激痛であるとか。ともあれ、パウロは病気であって、静養を必要としていたにもかかわらず、会堂で礼拝をささげたということです。

彼はこのとき伝道旅行という大切な仕事の最中でした。しかし、たとえ仕事がどんなに大事であっても、第1にすべきことを第1にするために、彼はわざわざ会堂へと出かけていき礼拝をささげたのです。なお、リチャード・フォスターは礼拝について次のように言っています。
「主が主になるためには、礼拝がわたしたちの生活の中で一番優先するものにならなければなりません。イエスの第1の戒めは、『心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くしてあなたの神である主を愛せよ。』(マルコ12:30)聖なる一番大切なことはまず、礼拝であり、次に奉仕がくるのです。わたしたちは、賛美と感謝と礼拝のために生活のことを一時わきにおかなければなりません。奉仕は礼拝から流れ出てきます。礼拝を奉仕に取って代えることは、偶像礼拝です。活動は礼拝の敵になるかもしれません。」
つまり、第1のものを獲得するために、あるときには第2のものを捨てる勇気が必要とされることがあるのです。

そして、このとき彼は、慣れない町にきていました。しかし、第1にすべきことを第1にするために、彼は、会堂へ行き、礼拝をささげたのです。以上、パウロから礼拝厳守ということを学びました。礼拝こそクリスチャンの特権であり、また最高の喜びであるということに気づかせていただきたいと思います。

続いて第2のことは「いつもの説教」ということです。2節の後半を読みますと、常日頃、パウロは会堂で説教したり、奨励したり、また聴衆と語り合ったりすることを心がけていたということが推測できます。しかも、「聖書に基づいて」とありますから、それは単なる人生教訓ではありませんでした。また、雑談でもありませんでした。聖書の中心はイエス・キリストであり、永遠のいのちに関わることですから、パウロはそのことを中心に説教したり、奨励したり、また語り合ったりなどしたわけです。私たちはきょう、パウロのこういった心掛けを見習い、イエス・キリストを中心とした教え、またイエス・キリストを中心とした交わりをもっていきたいと思うのです。

そして、第3のこと。それは、「いつもの伝道」ということです。恐らく彼は常日頃から「イエス・キリスト(メシヤ、救い主)だある」ということを人々に語り、またそのあかしをしていたに違いないのです。パウロの伝道で特に注目したいのは、彼は伝道の拠点をどこにおいたかということです。彼の伝道の最終目標はローマでした。実は、こうして彼が選定した拠点を調べていくと、いくつかの共通点があることに気づきます。①田舎ではなく、都市であるということ②交通網が発達しているということ③人々に活気があり、宗教にも比較的関心があるということ。一方イエスさまの伝道はというと、「たとえひとりであろうが、求める人があればどこへでも行く」ではなかったでしょうか。いずれにせよ、イエスさまのような伝道のスピリットを教会は失ってはならないし、また、パウロのような伝道の方策にも学ぶべきところがあるのではないでしょうか。

続いて、べレヤの教会の良い人たちから3つの心掛けについてみていきたいと思います。
第1に彼らは「みことばを聞く」という点で良い心掛けをしていました。彼らは「非常に熱心に」みことばを聞いたのです。みことばに関して、そのような熱心さを持つことは、私たちにとっても、大事なことではないでしょうか。第2に、彼らは「みことばを研究する」という点でも、良い心掛けをしていました。べレヤの人々は、みことばを聞きっぱなしにするのではなく、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べたというのです。そして、「彼らのうちの多くの者が信仰にはいった」という祝福を得ているのです。第3に、彼らは「指導者を助ける」という点でもよい心掛けをしていました。パウロが大変なとき、パウロの身が危険にさらされそうになったとき、べレヤの人々は彼を守り助けたからです。しかも、だれが守り助けたのかわかりません。聖書にその名前が記されていないからです。しかし、名もないその助けが神に仕えるパウロにとって、どんなに大きな慰め、どんなに大きな励ましになったかわかりません。べレヤの人々は、このような点でも、私たちの模範なのです。願わくは「みことばを聞く」「みことばを研究する」「指導者を助ける」という点において、べレヤの教会を見習い、こうして聖書に基づく信仰共同体としての教会を形成していこうではありませんか。

以上です。皆様のうえに神様の豊かな祝福がありますように。
今週の聖歌♪ 新聖歌436
果たせ使命 力限り きよき神の霊の
満たし受けて 行かばきよき 御旨果たしうべし

第3回伝道旅行(いろいろな人との出会い) [チャペルタイム]

みなさん、こんにちは。ぶぅです。
今週の日曜日は、古くから益子キリスト福音館に来ていらした兄(今はつくばにいます)のお誕生会をしました。ぶぅは、ケーキを作っていったのですが、好評だったので、うれしかったです。
なかなか会えませんが、元気なようでよかったです。きれいなお花が飾ってあったのですが、写真撮るの忘れました。うふふ。失敬。
ところで、何歳になったのかなぁ。。聞いた気もするけど、覚えてない。さっすがぶぅ!!3歩どころか1歩め踏み出したとたんに忘れる。ぶぅの特技です。

本題に入ります。
今回は、黒田眞琴先生が奉仕してくださいました。
聖書箇所:使徒の働き19:1~20
説教第:第3回伝道旅行(いろいろな人との出会い)
中心聖句:こうして、主のことばは驚くほど広まり、ますす力強くなて行った。(使徒19:20)

第2回伝道旅行を終えて、アンテオケに帰って来たパウロは、しばらくすると、第3回伝道旅行に出発しました。この第3回伝道旅行の最初の目的は、すでにクリスチャンになった者たちの信仰を確立することであり、その点では第2回伝道旅行と同じでした。
ただし、前回マケドニア地方、つまりヨーロッパ伝道が主として行われたのですが、今回はエペソを中心とするアジヤが伝道の中心地となりました。

エペソについて調べてみますと、偶像の宮アルテミスの神殿を中心とした異境の中心地だったことが分かります。この神殿は、世界七不思議の一つと言われるほど大きく、長さ127.5m、幅66m、高さは18mもあり、エペソの人々はそれを誇りにしていました。エペソはこの神殿が中心となって商業が栄え、多くの参拝者が集まる町で、遊び場としても栄えていたのです。人々が多く集まっていたため、犯罪も多発していた、そんな町でした。
この地でのパウロの戦いは、偶像礼拝との戦いであり、悪霊との戦いであったと言っていいでしょう。私たちは、そのことをエペソ人にあてて書かれたパウロの手紙からわかります。

本日は第3回伝道旅行におけるエペソでのパウロの活躍を見ていきたいと思います。
この第3回伝道旅行は、本日の聖書箇所の少し前の18:23節から始まっています。「しばらくいて」とある通り、第2回伝道旅行から帰って、すぐにパウロは、第3回伝道旅行に出発しています。
期間は、AD53~56年ごろと言われていますが、パウロはその大半をエペソで過ごしています。

ここにはアポロ(アレキサンドリヤ出身のユダヤ人で、雄弁で旧約聖書を詳しく知って、「主の道の教えを受け、霊に燃えて、イエスのことを正確に語り、また教えていた(25節))と、彼の教えの欠けを見抜いていた使徒伝道者のアクラとその妻プリスキラが登場しています。聖書にあるとおり、アポロはただ「ヨハネのバプテスマしか知らなかった(25節)」のですが、しかしアクラとプリスキラによって、アポロは正確な神の道を学びます。エペソの信者たちは、アポロの十分でない教えによって導かれたため、イエスのバプテスマや聖霊について無知であったと考えられます。今回、お読みしました箇所には、パウロのいろいろな人との出会いが紹介されています。そこで今回は、エペソにいたとき、彼にはどのような人たちとの出会いがあったのか、見ていきたいと思います。

まずはじめに、1~7節をご覧ください。パウロには、「欠けある人々との出会い」がありました。欠けある人々とは、エペソの信者12人のことです。彼らはキリストの弟子と名乗ってはいたものの、実は、まだクリスチャンとはいえない者たちだったのです。と言いますのも、彼らは約束の聖霊を受けていなかったからです。聖書が完結した今日、人はだれでも、自分の罪を悔い改め、イエスを神の御子キリストと信じるなら、賜物として、聖霊を受けることができることを私たちは知っています。また、聖霊の内住によって、喜びと勝利に満ちたクリスチャン生活を送ることができることも私たちは知っています。ところが、聖書が完結していなかった当時の彼らには、キリストについても、また聖霊についても十分な知識がありませんでした。そのため、彼らの信仰生活には、喜びも生きる力もやっては来なかったのです。

彼らだけではありません。今日、多くのクリスチャンが聖霊による喜びと力に満ちた信仰生活を送っていないのは、なぜでしょうか。それは、聖書の教えが十分にわかっていないからです。つまり、彼らは自らの努力で信仰生活を送ろうとしているのです。聖書ではそのような人を「肉に属する人」と呼んでおり、いくつかの共通する特徴があります。
・信仰をもっているといいながら、聖書を読んでいない。または、がんばって聖書を読もうとしている。祈っていない。またはがんばって祈ろうとしている。神に服従しようとしない。または、がんばって神に服従しようとしている。
・人に敵意や恨みをもっている。
・反省はするが、悔い改めようとしない。
・心の王座をキリストに明け渡していない。
知らず知らずのうちに、「自分でがんばる信仰」になっていないでしょうか。

パウロは、エペソの信者12人の信仰上の欠けを正しく補いました。すると、彼らは主を信じて聖霊を受け、こうして喜びと力に満ちた信仰生活へと変えられていったのです。私たちも、聖書から教えられ、内に住んでおられる聖霊に助けられながら、御心を行うことを喜ぶものと変えられたいと願います。

次に、パウロには「敵対する人々との出会い」がありました。欠けある人々の欠けを補ったあと、パウロは会堂に入って、3か月間、主イエス・キリストに関する真理を多くの人々に語って聞かせました。すると9節にあるとおり、たとえそれが真理であっても、受け入れようとしない人々が中にはでてきました。彼らはなぜ真理を受け入れようとしなかったのでしょうか。それは、自分にとって都合の悪いことだからです。
パウロが語った福音に対して、なぜ敵対してしまうのか。それはこの世的なものの見方や考え方に人は左右されやすく、ときにその見方、考え方が霊的真理と激しく衝突してしまった場合、パウロはそこから身をひきました。そして、他の場所に移動して伝道に励みました。

まだ固い土地に、無理にくわをいれて、掘り起こしても、収穫はほとんど望めません。田植えをするまでの土は4回は耕すとのことを聞く機会がありました。十分に耕やかされていないと植えた稲が枯れたり、十分育たないのだそうです。同様に、ほとんどの国民が福音を知らない日本では、心が開かれやすい人を優先的に神に導くのが有効ではないかと考えます。もちろん、救いは、神のなさる業ですから、人の判断でどうこうするべきではありませんが、祈られてきている関係者からアプローチを進めていくというのも、一つの有効な方法かと思うのです。

伝道の拠点をどうするかというとき、ときをかけて、1か所で伝道することも大事ですが、ある場合には思い切って場所を変えてみる、またはしばらくは身を引いて祈りに専念する、そういうことも大事なのかもしれません。

次に、パウロには「悪用する人々との出会い」がありました。11節からになりますが、ここにはパウロの手によって神が次々と不思議な力あるわざを行ったことが記されています。すると、諸国を巡回しているユダヤ人の魔よけ祈祷師たちのある者たちは、パウロの力にあやかりたい、そして悪霊追放をためしにやってみたいという誘惑にかられてしまいました。けれども、主イエスのために心を用いようとせず、また人々のためにも心を用いようとしない。ただただ自分たちの栄誉のためだけにこれを悪用した彼らの結末は、みじめなものとなりました。
この出来事はパウロの「驚くべき奇蹟」以上に、主、イエスの御名の力を証明することになりました。と同時にエペソに住む人々がこの事件を知るようになると、主イエスの御名を軽々しく取り扱うべきではないという信仰の教訓を得るようにもなっていったのです。
その結果、2つのできごとが起こりました。
1つは、18節にあるように、「すでに信仰にはいっている人たちの中から多くの者がやってきて、自分たちのしていることをさらけ出して、告白した」ということです。彼らは、今まで口にするのも恥ずかしい、ひそかに行っていた暗闇のわざを吐き出して、明るみにだしたのです。
もう1つは、「魔術を行っていた多くの者が、その書物を抱えてきて皆の前で焼き捨てた」というのです。
ところで、私たちはどうでしょうか。さらけ出して告白するべき、隠れてひそかに行っている恥ずべき罪やいつまでも人を赦そうとしないかたくなな罪が私たちの内にないでしょうか。
もしかすると、信仰の成長をそれらの罪がとどめているのかもしれません。私たち、クリスチャンも、自分の生活の中に偶像の罪があることに気づいたなら、それを真から悔い改め、捨てるべきものを全部焼き捨てることのできますようにと、願います。そして、信仰の喜びと勝利の恵みをいただきたいと思うのです。
神に示されたとき、悔い改めるべきものは悔い改め、捨て去るべきものは捨て去り、こうして神に導かれやすい悔い改めた心と喜んで主に従おうとする従順な信仰とが自分のものとなるよう、今、祈り求めましょう。

以上です。もうすぐ7月です。暑い夏がきますが、皆様の健康が守られますように。

今週の聖歌♪ 新聖歌420
「夕立のごと 天津恵みを
イエスよ今ここに 注ぎ給えや」

神の民の苦難 [チャペルタイム]

みなさん、こんにちは。ぶぅです。
今日も、じめーっとしていますが、みなさん、いかがお過ごし?
昨日の夕方はどばーって雨がふりましたね。雷もなって少し、びくびくしていましたが、今年は空梅雨だって聞いていたので、恵みの雨が降ったことは感謝ですね。

では、本題へ。
今回は、黒田眞琴先生です。ありがとうございます。

聖書箇所=出エジプト記2:1~10  説教第=神の民の苦難(神の不思議な守り)
中心聖句=わたしに聞け、ヤコブの家と、イスラエルの家のすべての残りの者よ。胎内にいる時からになわれており、生まれる前から運ばれた者よ。あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。私は背負って、救い出そう。(イザヤ16:3~4)

本日より、「モーセの物語を通して神の民と神との関係を学ぶ」恵みが始まります。
アブラハム、イサク、ヤコブ、そしてヨセフと続いた族長時代が、その後、神の民イスラエル(民族)としてどのように形成されていったのかについて、今回は、その歴史の始めの部分を扱います。出エジプト記に入る前に、まず、創世記からアブラハムとその子孫、つまり神の民イスラエルに対する神の預言的約束について確認しておきたいと思います。

①創世記12:2  神の民イスラエルは、大いなる国民となる
②同15:13 ただし、他国で奴隷となり、400年間苦しむ
③同15:14 けれども、その後彼らはそこから救い出される。

さて、出エジプト記をご覧ください。先ほどの神の預言的約束が、ここですべて成就していることが分かります。
一番目の預言的約束は、出エジプト記1:5~9において成就しています。
ヨセフによってエジプトに移住したヤコブの一族は、モーセの時代にはおびただしい人口になっていました。これは創世記のアダムやノアに与えられた、多産の祝福の実現でした。当時の大国であったエジプトにおいて、1つの国家を形成することができるほどの成長です。
二番目の預言的約束は1:8~22で成就したことがわかります。当時のエジプトにとってイスラエル人はとてもよい労働力でしたが、その驚異的な人口の膨張は先住民族であるエジプト人たちの脅威となりました。彼らがこれ以上増え、強力になるなら、やがて国家を脅かす存在になってくるという理由で、エジプトの王パロがとってイスラエル人対策が次の3つでした。

①過酷な労働。けれども、イスラエル人は苦しめば苦しむほど、ますます地に増え広がっていきまし
②分娩直後の男児の殺害。この企ての背後には、サタンがいます。サタンは、キリストを生み出す神の民イスラエルを消し去ろうとするのです。しかし、イスラエル人の助産婦たちにはまことの神を恐れる信仰がありました。エジプトの王よりも神を恐れ、いのちを大切にする彼女たちの信仰が、イスラエル人のたくさんの幼子のいのちを救ったのです。ところが、王がとった次の対策はさらに残酷なものでした。
③生まれてきた男児の溺死による虐殺。これは「親自らが生まれた子供をナイル川に投げ込め」という残虐で無慈悲な命令でした。

出エジプト記をさらに読み進めていくと、彼らのエジプト滞在期間が430年であったことがわかります。エジプトに滞在することになった初期のころは別として、やがてかれらはその地で「奴隷となり400年間苦しむ」との預言はこのように成就したのです。

そして3番目の預言的成就の約束は、12:41をみると、わかります。神の御命令に従ったイスラエル人は、後に見る「過ぎ越し」という出来事を通して、苦しみの奴隷状態から、解放されるという素晴らしい経験をすることになるのです。

出エジプト記の主人公「モーセ」はこのような暗い、また苦難のさなかに生まれてきました。そこでまず、2:1~2をご覧ください。ここには、彼の両親について触れられています。モーセ誕生の際、両親は、「そのかわいいのを見て、三か月の間、その子を隠しておいた」とあります。「生まれた男の子はみな、ナイルに投げ込まなければならない」との王の命令に対して、彼らは勇気をもって抵抗したのです。しかも、彼らは「信仰によって」それをなしたと記されています。
つまり、両親にとって従うか従わないかの選択基準は、「信仰」だったのです。その選択基準は、彼らにとって「みこころは何か」でした。彼らがその信仰をどのようにして自分のものにできたのか、それは、苦難の中にあっても、彼らがいつも主なる神との親しい交わりを持っていたことをあげることができると思います。日々の信仰生活の積み重ねが、彼らを霊的な信仰者へと変える大きな要因になったのでしょう。

次に3節から5節を見て下さい。ここには、モーセの生後三か月の事件が取り上げられています。もう隠しきれないと判断した両親は、モーセをパピルスで編んだかごの中にいれ、ナイルの岸に浮かべることにしたのです。幸い、姉ミリヤムの機転とエジプトの王女のあわれみによって、モーセのいのちは救われました。しかも、モーセの幼児期、実の母のお乳によって育てられるという不思議な展開となるのです。さらに、モーセが何歳ごろまで両親のもとで育てられてのかは不明ですが、信仰深い父母による幼児教育がまことの神への信仰をモーセに与えたことは疑う余地がありません。サタンの支配するエジプトの官邸に住み、罪と贅沢と快楽の中に生きることになる息子のための宗教教育期間となったのです。
中心聖句にあるように、神は霊的イスラエルとされている私たちに対しても、「背負う」という言葉を用いて、ご自身による保護を約束してくださっています。みことばの約束に固く立ち、苦難のとき、私たちを背負ってくださる、また、神の民である私たちを、血潮をもって贖ったゆえに、どんな状況の中にあっても愛し、支え、導いてくださる、そんな神の力強い御手の守りに信頼していくお互いでありたいと願わされます。

以上です。
父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたの上にありますように。
(Ⅱテサロニケ1:2)
今週の聖歌♪ 新聖歌 333番
御神の時の 流れの中で すべては 益となりぬ

神の民の定義 [チャペルタイム]

みなさん、こにゃにゃちは。ぶぅです。
今日も、暑かったですね。あれ、梅雨ってきた?
たぶん、梅雨さん、通るところ、間違えたんでしょうね。
迷子なんですよ、きっと。神様助けてあげて!!

てことで、本題です。今回は、黒田明先生です。ありがとうございました。
説教箇所=出エジプト記3:7~15
説教題=神の民の定義
中心聖句=私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。(ホセア6:3a)

ある本によると、クリスチャンを次のように、定義しています。「聖書に出てくる神はどのようなお方で、どのような属性を備え、どのようにして人に働きかけておられる方なのか、それらを絶えず考え、答えを探し求めているのがキリスト教徒である」
ホセア書6:3に「私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう」という聖句があるのですが、私たちクリスチャンは、自分の生涯をかけて、主なる神を知る、知的にも体験的にも、神をわからせていただく存在なのだと思わされました。
ところで、今日の聖書箇所なのですが、ここを読むと、聖書が教えている神がどのようなお方なのか、そのいくつかをうかがいしることができますので、一緒に見ていきたいと思います。

まず、7節。エジプトで苦しむ神の民に対し、神は無関心な方ではなかったということがわかります。なぜなら、「わたしは見た」「聞いた」「知っている」とあるように、神はその民の悩みに目をとめ、彼らの叫びに耳を傾け、また彼らの痛みを自分の痛みとして受け止めておられるからです。そればかりではなく、エジプトで苦しむ神の民を何としてでも、救いだいしたいと、心に願われた神が今度はそれを実際に行動に移されるお方でもあられるということが分かります。

つまり、「あわれみの深い神」は「行動する神」でもあられるというこです。ここからの私たちへのメッセージは何かといえば、現代に生きる私たちに対しても、まことの神は決して無関心なお方ではないということです、あなたや私の悩みにも目をとめ、あなたや私の叫びにも耳を傾け、またあなたや私の痛みさえも自分の痛みとして受け止めて下さる。さらには、私たちの救いのためには「いの一番に行動される神」でもあられるということです。

続いて、10節。ここからは「遣わす神」であるということがわかります。というのも、エジプトで苦しむ神の民に対して、神はこのときモーセをお遣わしになられたからです。聖書の中には、神から遣わされた人物がたくさん登場してきます。例えば、ある時代、神はギデオンをお遣わしになりました。(士師6:14)またある時代にはサムエルをお遣わしになりました。(Ⅰサム16:1)
しかも人類にとって、最も大きな出来事といえば、神が全人類の救いのために、御イエス・キリストをお遣わしになられたことです。
聖書の神はこのように「派遣する神」でもあられるのです。毎週の礼拝式において私たちは祝祷を受けますが、この祝祷はこの世へと派遣されていくための祈りであることをご存じでしたか?
私たちは、祝祷をもってこの世へと派遣されていく神の民であり、私たちはその祝祷を持ち運ぶためにこそ、この世へと派遣されているということを心にとめておいていただきたいです。

続いて12節。ここからは「共におられる神」であるということがわかります。神は、モーセを遣わすにあたって、大切な一つの約束をしてくださいました。それは「わたしはあなたとともにいる」というもうこれ以上の安心はないというくらいの約束でした。しかもこの約束はモーセだけのものではありません。この約束はわたしたちのものでもあるのです。なぜなら、聖書にこう書いてあるからです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない(へブル13:5)」「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたと共にいます(マタイ28:20)
いかがですか。神がともにおられる。神が私といっしょにいてくださる、これ以上の安心がほかにあるでしょうか。

最後になりますが、14節をご覧ください。ここには「テトラグラマトン」、もしくは「神名四文字(しんめいよんもじ)」とも言われている大切な神ご自身のお名前が記録されています。日本語ではそこを「わたしはある(新改訳、新共同訳)と訳しています。神の名はヘブル語で「ヤハウェ」もしくは「ヤーウェ」と呼ばれており、その意味するところは「存在の根源」または「時間的には永遠、空間的には無限」です。神とはそもそもそのようなお方であられるのです。
私たちは、今日、「あわれみ深い神」は「行動する神」でもあられ、この神が私たちと共にいてくださり、私たちを遣わし、求める人々の心を愛で満たし、また生きる力を与えてくださるお方として存在しておられる永遠・無限の神であられるということを見てきました。願わくは日々、神を知る信仰の旅を続けていくお互いでありたという思います。

いかがでしたか。神様がいつもそばにいて下さり、励ましてくださり、私たちの涙を見て一緒に泣いてくださる。クリスチャンは孤独と無縁ですね。
フットプリントという詩を検索してみてください。励まされますよ。
では、今週はここまで!

父なる神と私たちの主なる、キリスト・イエスから、恵みとあわれみと平安とがありますように。(Ⅰテモテ1:2)

今週の聖歌♪ 新聖歌427
主こそきよめ主 わが内きよめ
御霊の御神の 住まいとし給う

神の民の聖別 [チャペルタイム]

改めまして、みなさんこんにちは、ぶぅです。
どうですか、最近は。
そうですか、それは大変ですね。
きっとチャペルタイムを読めば、良くなるでしょう。
霊の栄養をとって、安静にしましょう。
今回は眞琴先生がメッセージをしてくださいました。
わたくし、ぶぅが責任もって要約させていただきます。

【聖書箇所】出エジプト記7:1~7、12:29~42
【説教題】神の民の聖別
【中心聖句】知れ。主は、ご自分の聖徒を特別に扱われるのだ。私が呼ぶとき、主は聞いてくださる。(詩篇4:3)

私たちはいま、モーセの物語を通して「神の民と神との関係を学ぶ」幸いの中にあります。今日も「神の民」に焦点を当てて学んでいきたいと思います。まず、主人公である「モーセ」についての確認です。もともとは、誕生の時に殺されなければならないはずのへブル人の男の子であったモーセが、エジプトの王女に拾われたことで、王宮で育てられる特別な存在となりました。「モーセ」という名前はエジプト名の「モセ」、「~の子」の意味ですが、へブル語の「マーシャー」、「引き上げる」を意味する言葉と置き換えられたと思われます。この名は神から特別に引き上げられたモーセの人生を表しています。また、神がその民の叫びを引き上げた答えとも言えるでしょう。
 この最初の40年間、モーセは王女の子、つまり王子として王宮で育てられ、最高の教育を受け、本来へブル人であるならば、学ぶ機会のないことを身につけていきました。また、パロの近くに生きたことで、リーダーシップについて民を導く基礎的なトレーニングを知らず知らずに積んでいきました。

第二の荒野での40年間で、ミデヤンの祭司イテロの娘、チッポラと結婚し、二人の子供を与えられます。ここでは荒野での生き方を学び、羊や牛などの放牧や宗教者としての在り方を学ぶときとなりました。のちに、イスラエルの民を率いて導いた荒野は、以前のモーセの生活の場であり、良く知っていた場所となったのでした。
 今までの王宮の生活やイスラエル民族の生活とも違うミデヤンでの生活は、モーセの人間性をさらに磨くときとなりました。民数記12:3には「地上のだれにもまさって非常に謙遜であった」とモーセを評しています。この謙遜さは、40歳の時の挫折とミデヤンでの40年間により養われたのです。

次の40年、彼は神からの特別な召命により「エジプトで苦しむイスラエルの民を救う指導者」とされたのです。今回は神によって励まされたモーセがいよいよ兄アロンと共にエジプトの王パロと対決する場面を学びます。

モーセは主に命じられるままに、エジプトの王パロのもとへ行き、イスラエルの民をエジプトから出て行かせるように求めます。パロはかたくなに拒否しますが、拒否するたびに災いがエジプトを襲い、主の偉大さが示されました。
 この戦いは、モーセとパロの戦いではなく、主なる神とエジプトの神々との戦いでした。
 信仰者の戦いは常に主の戦いです。この戦いに信仰をもって参加するものは、自分の力以上のことを体験します。私たちにいつも問われていることは、自分の生活レベルや能力に合わせて信仰するのか、信仰によって自分の能力の範囲を超えて、主の栄光を現すのかを選ぶことです。

しかし、モーセは簡単に主の勝利を見たわけではありません。最後の40年間は、主とイスラエルの民との間にたって、苦しむ日々であったと言えます。
 その苦しみは、パロに民の解放を求めた時から始まりました。パロが起こって民への労役を増やし、モーセは民から恨まれることになったのです。以後主のことばに忠実に従っているのにことあるごとに、民からは文句を言われ続けます。モーセはずっと忍耐しますが、一度だけ民に怒りを発し、主の命令を無視したので、そのただ一度だけの不従順を主に責められ、約束の地に入れなくなりました。主の戦いの指導者とは、民にも主にも責められる者なのです。
 苦しむモーセは主に、「なんのために私を遣わされたのですか」と訴えます。
答えは、「今にわかる」でした。高齢者モーセが出エジプトの大役を果たし、40年の荒野生活に耐えられたのは、主の「今にわかる」という言葉を信頼しつづけたからではないでしょうか。私たちもモーセのように、主のおことばに信頼し続ける信仰者でありたいと思います。

モーセは約束の地に入れませんでしたが、最終的に主とイスラエルは勝利しました。勝利は常に主のものです。
私たちも自分の戦いではなく、主の戦いに切り替えて戦うべきです。そうすれば、主が勝利をとられます。

神は次々とエジプトに災いを下しました。
これらの災害は、パロに神の力を示す警告でした。
パロは災害が下されると、条件つきで、イスラエル人が出て行くことを許可し、「主は正しいかただ。主に祈ってくれ」とモーセに懇願しましたが、災害が収まるとたちまち心をかたくなにしたのです。エジプトの労働力である奴隷を、どうしても失いたくなかったのです。

そこでとうとう決定的な災いがエジプトに下ることになりました。エジプト中の初子を人であろうが家畜であろうがすべて打つという神の裁きがくだったのです。しかし、この恐ろしい裁きに先立ち、神は「逃れの道」を備えておられたということが今日の学びの大事な部分になります。
「逃れの道」とは、「傷のない子羊をとり、これをほふって肉を食べ、その血は家の入口にある2本の門柱と鴨居に塗る」というものでした。神はその血をみてその家を過ぎ越してくださるというのです。血のしるしのあるイスラエル人の家は災いを免れることができました。血のしるしのある家を神が過ぎ越して下さったからです。これが「過ぎ越しの祭り」の発端になったできごとです。

この「過ぎ越の血」が、これより千数百年後のゴルゴダの丘で流されるイエス・キリストの十字架へとつながっていきます。イエス・キリストご自身が全人類にとっての真の過ぎ越しの子羊となられたからです。罪のないイエスご自身が、私たちの罪を代わりに背負って十字架の上でご自身の血を流してくださったのです。ですから、私たちはその尊い犠牲のゆえに決定的な裁きにあうことがなく、「罪からの解放」という素晴らしい救いをいただくことができるのです。
 十字架は全人類の過ぎ越しの完了を意味します。主イエス・キリストの血による真の救いが完成している今日は、ただ、信じるだけで救われるという神の恵みを私たちはいただいてきました。私たちは、主がイスラエルとその歴史を通して、人類救済の計画を成し遂げられたことを心にとめるべきです。そして、神が望まれる誠実さをもって、それぞれの賜物や立場に応じ、神にお仕えするお互いでありたいと思います。

今週の聖歌♪ 新聖歌1
「われらに代わりて 死に給いし
神の子羊に 栄えあれや」
以上です、読んで下さりありがとうございます!!

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたの上にありますように
(コリント1:3)
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