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改めまして。 [TOP]

改めまして、これから、ブログ管理をさせていただきます、ぶぅです。
できるだけ、毎週日曜日に更新します。
できるだけ。。。
では、来週の日曜日、24日にお会いしましょう~
頑張ります!!

キリストの証人となるために5/14 [TOP]

みなさま、遅れすぎましたが、こばにちは。
げんきですかー?!
夜中です。昨日ぶぅは、多分7時ちょっとすぎに寝ました。この時間に起きちゃうの当たり前ですね。
そうそう、ちなみに、チゲってのどがひりひりするって皆さんご存知?
辛いのよ。
てことで、チャペルタイム要約入りまーす

聖書箇所=使徒の働き1:3~14
説教題=キリストの証人となるために
中心聖句=しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。(使徒の働き1:8)

本日の中心聖句を1:8としましたが、この聖句は本書(使徒の働き)全体の中心聖句と言ってもいいというほどの重要な聖句です。まさに聖霊こそが、宣教の力、聖霊こそが教会と信仰者の原動力、信仰と宣教の力の源であることを私たちは本書から知るのです。

早速「キリストの証人となるため」に必要なことを学ばせていただきたいと思います。
本日の聖書箇所は4月の最後の単元でも学んだところですので、重なる部分もありますが、確認していきましょう。3~5節に「大宣教命令」6~11節に「復活の証人となる」ことが、そして12~14節には「心を合わせて祈る弟子たち」の姿が記されています。
本書はイエスの復活から昇天までの40日間についても語り、詳しくこの間起こったことを記録しています。そしてよみがえってくださったイエスが弟子たちに伝えようとした最も大切なこと「神の国」について伝えます。
弟子たちの理解の有無にかかわらず、まさにまもなく彼らは神の国を拡大する働きに参加しようとしていました。そのためには、どうしても、聖霊の満たしが必要でした。この聖霊無しには勝利ある働きをすることは誰にもできないからです。聖霊は私たちに神のために働く力と神の言葉を理解する力とを与えられるのです。

1.聖霊に満たされることの必要を知ること
キリストの証人となるために、私たちはまず、聖霊に満たされる必要を知らなければなりません。皆さんは、聖霊の助けがなければ、私たち一人ひとりがクリスチャン生活を送ることができないことをご存知ですか。この世に生まれ、この世に生きてきた私たちは、一歩間違えると、クリスチャンまがいの生き方を自分の力でできてしまいます。けれども、それは自分の力でのまがい物、似ているようでも偽物の生き方です。自分の力でしますから、頑張りすぎては疲れ決心してもまた同じところに逆戻りしてしまいます。私たちはすでにこの世の者ではなく、神の国に生きる者です。神の目で見、神の心で感じ、神の思いを私の思いとして生きる者です。まがい物ではなく、それらしい生き方でもなく、キリストにある本物の生き方をさせていただきたいと思います。主権は用いてくださる神にあります。

2.聖霊の満たしを祈ること
「聖霊の助けなしには私はクリスチャンとして、生きられない」という事実を知り、聖霊に満たされることを祈りましょう。主の復活の事実は、弟子たちの信仰とその姿勢を激変させました。聖霊が与えられ、聖霊によって力を得た彼らの確信に基づく行動が歴史をも変えたのです。私たちも内に住んでくださる聖霊によって支えられ、助けられて、私たちでなければ行けない所に遣わされ、私たちでなければできない働きに用いていただけるのです。「聖霊の満たし」を信じて、祈りもとめましょう。

主の復活証人となるため、「聖霊の満たしの必要を知」り、「聖霊の満たしを祈り」「さらに祈る」者であることについて学びました。私たちは、聖霊の満たしの必要を今日確認しました。次になすことは、聖霊の満たしを祈りつつ、さらに神の家族と共に、祈り合って、進んでいくだけです。そして、この世にあって、キリストの証人として用いていただきましょう。
主は、私たちの祈りに必ず応えてくださいます。私たちの内に住まわれる聖霊が、事を成してくださり、私たちをキリストの証人としてくださるのです。

以上になります。ここまでよんでくださりありがとうございます。
ところで、いきなり画面が小さくなってしまったのですが、どうしたらいいのでしょう。。。

今回の聖歌♪ 新聖歌136
「聖霊よ降りて 恵みの雨に
渇ける心を 潤し給え」

聖霊によって大胆に語りなさいせり 8/6 [TOP]

みなさま、こばにちは。ぶぅでございます。
フォークとバナナはお元気ですか。
ぶぅは、元気です。
チャペルタイム要約入ります←

聖書箇所=使徒の働き4:23~31
説教題=聖霊によて大胆に語りなさい
中心聖句=彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。(使徒4:31)

この世で権威のあるとされている議会から迫害と禁止令を受けたクリスチャンがとった態度から、本日も、私たちのあるべき姿勢を学ばせていただきます。

本論Ⅰ.ペテロとヨハネとその仲間たちの行動(23~24節)
解放されたペテロとヨハネが、最初にしたこと、それは23節。「ふたりは、仲間のところへ行き、祭司長たちや長老たちが彼らに言ったことを残らず報告した」ことです。ここから彼らの性格と生活には教会生活が常に結びついており、まるで空気や一日三食の食事のように、これなしには生きていけない程になっていたことがわかります。
報告を受けた人々の反応は「みな、心を一つにして、神に向かい、声を上げて言った」とあります。この人たちの中では、祈りがすぐにでてくる程身についていた様子が伝わってきます。このような、麗しい聖徒の交わりと祈りの中から出てきた彼らの応答は、権威ある議会からの禁止令に屈することなく、反対に「みことばを大胆に語り出した」という結果になったのです。

本論Ⅱ 大胆に語り出した理由(24~28節)
神の主権と大能(たいのう、偉大な能力・力)への全き信頼と賛美ーこれこそが大胆な宣教には絶対に必要不可欠です。けれども、私たちの神が絶対的主権者であられるなら、なぜ私たちが迫害されたり、脅かされたりするのでしょうか。疑問が起こってきます。実は、主権的な神は、「聖霊によって」預言しておられるのです。詩篇2篇のメシヤ預言がそれです。「メシヤ(油注がれた者)」の由来はこの2節からきています。ここに引用されたのは、その前半の神とメシヤに対する世界的反逆の場面です。けれども、詩篇2:4にはこのような世界的反逆に対して、「天に座する者は笑い、主は彼らをあざけられるであろう」と歌います。
迫害の中でも、大胆に神のことばを語ることができる第一の理由がここにあります。

本論Ⅲ 一同の祈りとその結果(29~31節)
一同の祈りは、「迫害をやめさせてください」とか「迫害にあわせないように」というものではあり
ませんでした。
第一は、「主よ。いま彼らの脅かしをご覧になっ」てください(29節)でした。
第二の祈りは、「あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください」です。
ギリシャの昔から、人間の自由はまず言論の自由にあるとされてきました。「大胆」とはその言論の自由のことです。

ここで伝道する私たちには二つの自覚が必要です。①この大胆さと自由さは、クリスチャンが神の「しもべ(奴隷)」であり、神のご用に働く以外、何の自由も生活もないことから生まれること。②私たちの伝道の働きも、「みことば(神のことば)を語らせて」いただく神の代弁者に過ぎないという認識から生まれること。
祈って、聖霊に満たされること、これが、神のみことばを大胆に語るために絶対必要条件なのです。

以上になります。ここまで読んでくださりありがとうございます。
みなさまに、神さまの祝福がいっぱいありますように。

今回の聖歌♪ 新聖歌415
「恵み深き御神よ 昔ありし如く
われらひとりびとりを 今日も満たし給え」

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