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ナルドの香油 [チャペルタイム]

みなさま、こばにちは、ぶぅです。
三寒四温な毎日ですが、体調は守られていますか。
ぶぅはなんだか、眠くて眠くて、ブログも何かいてるんだかわからない状態です。
でも、そこかしこで花が咲き始めて、とてもきれいですね。
ぶぅの家のお庭も、活気づきそうです。

今回のチャペルタイムは、明先生です。
ありがとうございます。

聖書箇所=ヨハネの福音書12:1~8
説教題=ナルドの香油
中心聖句=主に喜ばれることが何であるかを見分けなさい。(エペソ5:10)

今回の箇所は、十字架刑を目前に控えたイエスさまに対するベタニヤでの出来事です。
ヨハネの福音書では、誰の家で起こったことなのか、明記されていませんが、並行箇所を読みますと、かつてツァラートに冒された人、シモンの家であったことがわかります。
そこには、イエス様が愛し、親しくしておられたマルタとマリヤがいました。また、その弟で、以前イエス様のお力によって死から生き返らせていただいたラザロもいました。
イエス様とその弟子たちは、シモンの家のメインゲストとして、他の招待客と共に食事会をしていました。働き者のマルタは、このとき、喜んで給仕の手伝いをしており、ラザロは他の客たちとともに、食卓についていたようです。

そしてマリヤ。彼女はこのとき、思いもかけない驚くようなことをイエス様にしました。
非常に高価で純粋なナルドの香油300グラムの入った小さな石のつぼを持って、イエス様に近づくと、そのつぼを割り、イエス様の頭にその香油を注いだのです。
それがイエス様の足まで流れ出すと、彼女は自分の長い髪でイエス様の足を拭ったのです。
当時の習慣では、来客に対して、歓迎の意味を込め、香油を来客の頭に少しぬるとか、ほこりで汚れた来客の足を水で洗って拭いてあげるなどしていたようですが、マリヤのように、高価な香油をたっぷり使うということはありませんでした。

思うに、彼女にとって、この行為は単なる習慣や歓迎以上のものだったのではないでしょうか。
古代イスラエルでは、重要な職務に就くとき、「油注ぎ」という儀式が行われていました。まさにこの時、マリヤは十字架刑を目前に控えたイエス様こそ、苦難のメシヤであるということを直感し、その表明としての油注ぎをなしたのではと思うのです。
さらに、自らもそのメシヤを愛し、信じ、従っていく表明として、マリヤは、自分が最も大事にしていた香油を惜しげもなく、イエス様のために、使ったのではないかと思うのです。

マリヤが捧げた香油300グラムは、ほぼ年収に匹敵するたいへん高価なものであったようです。
そのため、その価値を知っていた弟子たちは、もったいなく思い、憤慨しました。
とりわけ、イスカリオテ・ユダは彼女に向かって「その香油は売れば、何百万にもなったはずだ、そのお金で貧しい人たちを助けてあげることができたのに」と言ったのです。
しかし、ユダは、本当に貧しい人たちのことを考えていったのではありませんでした。
ユダはお金に目がくらんでいたのです。心に闇を抱えていると、自分でも気が付かないうちに、人を傷つけ、人を卑しめてしあむことばがつい自分の口から出てきてしまうというようなことがあるのです。

イエス様は、マリヤを非難している弟子たちの心をすでに見抜いておられました。それなので、もっともらしい弟子たちの抗議を退け、一方マリヤに対しては、その行為を高く評価してくださり、喜んでくださいました。並行箇所マタイ26:13やマルコ14:9をご覧いただくなら、今回のマリヤのしたことは福音とともに代々伝えられ、記念としていつまでも覚えられることになるだろうと、イエス様はおっしゃいました。
事実、マリヤのしたことは、聖書にしるされ、現代に生きる私たちの目にも留まるものとなっているのです。

主に喜ばれることが何であるか見分けることとができたマリヤとそうではなかった心の鈍い弟子たちとが、今回の学びとなりましたが、私たちはどうでしょうか。主が願っておられることがなんであるのかを見分けることのできる心の状態に、今、あるといえるでしょうか。
さらに、主のみこころとあらば、喜んでそれに応えていくという信仰が、私たちにあるでしょうか。
打算を超えた純粋なイエス様への愛と喜んで主に仕える信仰・・・これらのものが自分のものとなり、また、教会のものとなっていくように真剣に祈っていきたいと思います。
そして、そのためには、みことばと聖霊に導かれやすい信仰者とされていくお互いでもありたいと思うのです。

以上になります。ここまで読んでくださりありがとうございました。


「神に愛されている兄弟たち。あなたがたが神に選ばれた者であることは私たちが知っています。」(Ⅰテサロニケ 1:4)

今週の聖歌♪ 新聖歌386
「ナルドの香油そそいで 主に仕えたマリアを
思いおこし 私の愛 ささげます 主イエスよ」
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