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カルメル山上での対決 [チャペルタイム]

はーい、仕事場のカフェで、お客さんに「ご飯は食前と食後どちらがいいですか?」と聞いた勇者はここですよー!!
こんな時間にこばにちは。ぶぅでございます。
サクマ式ドロップってみなさんご存じ?
缶に入ってる飴ちゃんなのですが、あれ、100円なの。
安くない?
てことで要約入ります←
黒田明先生です。ありがとうございます。

聖書箇所=Ⅰ列王記18:1~46(18:20~24)
説教題=カルメル山上での対決
中心聖句=私が仕えている万軍の主は生きておられます。(Ⅰ列王記18:15)

イスラエルが北と南とに分かれた分裂時代のことです。北イスラエル王国において、第七代の王として即位したのは先王オムリの息子アハブでした。このアハブほど霊的に最悪な王はいませんでした。
彼は、偶像礼拝に非常に熱心だったからです。
シドン人の王の娘イゼベルを妻に迎えると、その異教の地からバアル礼拝を持ち込み、バアル神殿や祭壇などを作っては、国民に拝ませようとしました。

そこで神は預言者エリヤを彼のところに遣わしました。そして、今後2年~3年の間は雨が降らないことを王に告げたのです。このとき、アハブ王が謙遜であったなら、彼にとっても国にとっても、良い悔い改めのチャンスになったに違いありません。
しかし、彼の心はかたくなで、かえって神の側につくエリヤに敵意を抱き、殺意をいだく機会としていくのです。しかし、神が守ってくださいました。アハブ王から彼のいのちを守り、また飢饉からさえも守ってくださったのです。

今回の記事は、エリヤが神によってかくまわれてから3年目のことになります。
神はエリヤにアハブ王に会いに行くようにと、命じられました。
その目的は2つです。
1つ、神が雨を降らせてイスラエルを癒してくださるという告知、2つ、バアルの預言者との対決を通して、まことの神の力を明らかにするということです。
16章以降をご覧ください。アハブ王はエリヤに会うなり、「イスラエルを苦しめてるやつめ」とののしりました。一方エリヤは「いいえ、あなたこそイスラエルを苦しめているのです。あなたがまことの神を捨て、偶像の神バアルを拝んでいるからです」と言い返し、すぐにバアルの預言者との対決を提案しました。
エリヤはまず、大勢のイスラエルの国民に向かって悔い改めの招きをしました。
干ばつと飢饉に見舞われている中にあって、「まことの神、主を認めて立ち返るのか、それともバアルを神として、それに従っていくのか。」そして23節~24節で、具体的な提案をします。
自分の側に有利に見える条件があれば、それを徹底的に取り除いても結構だということ、バアルの預言者の土俵で対決するといたようなことです。
いよいよ対決の開始となりました。

最初はバアルの預言者たちの番となりましたが、結局のところ、何も起こりませんでした。
次はエリヤの番ですが、彼は人々から忘れ去られてしまった祭壇を建て直すことから始めました。そうすることが、まことの神に対する、信仰の回復の始まりだったからです。
そして静かに祈り始めました。
すると、神のみわざは実に見事でした。天から火をくだすと、いけにえはもとより、たきぎも石も、さらに祭壇の周りに掘られたみぞに注がれたたっぷりの水さえも焼き尽くされてしまったのです。
このようにして、圧倒的な神の力を見せられたイスラエルの人々は、まことの神へと立ち返っていきました。
そして、エリヤが祈ると、恵みの雨が降り注ぎ、イスラエルの土地とそこに住む人々が癒されるという神の祝福をいただくことになったのです。

以上のようなわけで、崩れてしまった祈りの祭壇をもう一度建て直すことのできたイスラエルの民にまことの神に対する信仰の回復が与えられました。
さまざまな神の祝福を受けることにもなりました。
私たちのうちにもあるかもしれない心の偶像、ある人にとってはお金、あるひとにとっては配偶者や子供などが偶像になっているかもしれません。
神に対して、はっきりとした態度をとりましょう。

以上になります。
どうか、父なる神と主イエス・キリストが、あふれるばかりの祝福と平安とをあなたがたに、与えてくださいますように。(Ⅱテサロニケ1:2)

今週の聖歌♪ 新聖歌420
夕立のごと 天つ恵みを
イエスよ今ここに 注ぎ給えや
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