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知恵を求めたソロモン [チャペルタイム]

みなさん、再び、こばにちは。ぶぅでございます。
今日は、咳がひどかったので、お仕事お休みしちゃいました。
カフェなのですが、お菓子を作ったり料理したりするので、容易に咳ができないのです。
ってことで、今日は2個目の記事アップです。
今回は、黒田明先生です。

聖書箇所=Ⅰ列王記3:5~14
説教題=知恵を求めたソロモン
中心聖句=あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。(ヤコブ1:5)

今回、みなさんと考えたいテーマは、「祈り」です。聖書の中には神さまに祈った人の話がたくさんでてきます。例えば、旧約聖書の中にアブラハムという人がいましたが、彼のとりなしの祈りは有名です。甥のロトが住んでる町ソドムが滅ぼされてしまうことを知ったアブラハムが心を痛め、助けてくださるように、何度も何度も神さまに祈ったこの記事、この時の彼の祈りは、すぐに祈ることをやめてしまいやすい、すぐにあきらめてしまいやすい私たちにとって、失望しないで祈り続けることの大切さを教えているのではないでしょうか。

今回のところには、ダビデの息子、ソロモンが次のイスラエル王位継承者となったときの祈りが取り上げられています。
ある日、神さまがソロモンの夢の中に現れ、「ソロモンよ。あなたに何を与えようか。願え。」と言われました。このような神さまからの問いかけに対して、ソロモンは、真っ先に神の民イスラエルのことを考えました。彼はこう言っています。
「神さま。あなたは私を王とされました。しかし、私は年が若くて、何もわかりません。ですから、どうぞ、この民を正しく治めていくことができるように、私に知恵を与えてください。」
ソロモンは、神さまが委ねてくださった「この国、この民」のために必要と思われるもの、しかもそれを悪い動機からではなく良い動機・純粋な動機から彼はそれを祈り求めたのです。

10~14節には、ソロモンの祈りに対する神さまからの応答が記されています。それによると、7神さまは彼の願いどおりに知恵を与えてくださいました。さらには、彼の求めなかった富や名誉や長寿、そうしたものまでもが与えられました。
しかし、だからといって私たちはここから、私たちの祈った祈りがすべて「即時即応」になるということを期待してはなりません。というのも、いろいろなケースがあることを聖書は教えているからです。
「すぐにOK」のときばかりでなく、「すこし待て」のときがあり、「忍耐強く待て」のときがあり、さらに「NO」のときがあります。
例えば、パウロを例にとると、彼の祈りはそのとおりによく聞かれました。彼が祈ると、そのとおりになったのです。しかし、彼には肉体的に一つの悩みがあり、そのことでも彼は真剣に祈りました。祈り続けました。その答えは「よし、治してやろう」ではなく、「わたしの恵みはあなたに十分である」というものでした。けれどもパウロにとってそれがどんなに大きな慰めになったか。というのも彼はかつて、それは厄介な病気、ご奉仕をする上でのマイナスというふうに考えていたからです。しかし、主はその弱さを通して、ご自身の力を発揮してくださいました。弱さこそが、主の力のすばらしさが現れる舞台になるのです。さらには、癒しだけが主の栄光ではなく、この地上にあっては病気の者を病気のままで。主は豊かに用いてくださいます。こういったことが、彼にはわかったからです。
さて以上のことから、きょうは神さまからの祈りの応えというのは、まるでジュースの販売機のように、ボタンを押せば、自分の望みのものがでてくるというたぐいのものではないということをみてきました。私たちは、つい、神さまを自分にとっての都合の良い自動販売機にしてしまいがちです。しかし、私たちはもう一度祈るということがどういうことなのか。日々の信仰生活、祈りの生活の中で教えられながら、少しずつ成長していくものでありたいと思います。

以上になります。ここまで読んでくださりありがとうございます。
「私たちは、いつもあなたがたすべてのために神に感謝し、祈りのときにあなたがたを覚え、絶えず、私たちの父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています。(Ⅰテサロニケ1:2~3)」

今週の聖歌♪ 新聖歌196
「祈れよし道は 暗くあるとも
祈れすべてを 主の手に委ねて」
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