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救い主の誕生 [チャペルタイム]

みなさま、こばにちは、ぶぅです。
あと数日でクリスマスですね。
早いです。
最近、自分の罪深さ、弱さを感じることが多いです。
こんな弱く、すぐつまづく私のために、神様が愛する御子を送ってくださったんだなぁって思うと、ぶぅは、切なくなります。裏切られるとわかっていたイエス様、十字架で死ななければならないと知っていたイエス様、それでも父なる神様の御心に身をゆだねたイエス様。
今年のクリスマスは、ちょうど日曜日です。
ぶぅは、イエス様に心を定めて過ごしたいと思っています。

そして、お知らせ!!
黒田眞琴先生が、正教師任用試験に合格されました。おめでとうございます。
眞琴先生は、益子の教会で牧師をしたいと言ってくださいました♡承認されれば、来年度から来てくださると思います。
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では、要約入ります。今回は眞琴先生です。ありがとうございます。
聖書箇所=ルカの福音書2:1~20
説教題=救い主の誕生
中心聖句=きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。(ルカ2:11~12)

クリスマスストーリーは、夜のお話が多いように思います。星を目指す博士も、野宿する羊飼いたちも、イエス様の誕生も、またヘロデからの逃避行も夜の物語です。夜には暗さや恐れ、不安がつきまといます。けれどもそんな闇に輝く光の御子の姿が闇の深さゆえに際立つとも言えるのかもしれません。
本日の聖書箇所に入りたいと思います。
読んだのは、12節までですが、今日は20節まで見ていきたいと思います。
ここには、世界で一番最初のクリスマスについての記事があります。
1~7節には「イエス様の降誕」8~20節には「羊飼いたちの礼拝」について記されています。
1節。新約聖書の時代は「ローマの平和」と言われ、ローマ帝国による強力な支配を背景とした政治的・軍事的均衡の保たれた時期でした。圧倒的な軍事力で広大な支配地を治めていたローマ帝国はできるだけ平和に植民国を支配し、植民地の力を徐々にそぐ政策をとっていたようです。
ローマ帝国が行った政策の一つに、「人口調査」があり、それは支配国の現状把握と税収の確立、また国民にローマの支配を浸透させるなどの目的で、14年おきに行っていました。
ユダヤの男性は、この目的のために、自分の名前、職業、財産、家族を登録するために故郷に戻らなければなりませんでした。神は聖書の預言(ミカ5:2)の成就のために皇帝アウグストの勅令を用いて、イエスの家族をナザレからベツレヘムへの120kmの旅に導かれました。
4節の「ベツレヘム」はラケル、ルツ、ダビデなど、ユダヤ人にとっては歴史的エピソードの多い町で、へブル語では「パンの家」を意味しますが、ここで、まさに「いのちのパン(ヨハネ6:35)」であるイエスが降誕したのです。

7節の「飼葉おけ」と訳されているギリシャ語は、ルカ13:15では「小屋」と訳されています。このような貧しさの中にキリストが生まれてくださったところにキリスト謙卑があります。キリストをこのような貧しさの中に生まれさせてくださったところに、神の万人に対する深い愛が示されています。

8節、羊の群れを見守り、野宿をしていた羊飼いのもとに、御使いが現れました。御使いは喜びの知らせを告げにきたのです。そして天の軍勢のコーラスが続きます。「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」
人々が神に栄光があることを認めるように、そして、神の御子が担う地に平和をもたらす使命が達成されるようにと、御使いたちは賛美したのです。キリストの使命、それはご自身の十字架の死によって私たちが神と和解し、この地において、私たちが神と共に平和に生きることです。死ぬためにお生まれになった方、これが私たちの救い主のお姿なのです。

イエス降誕の知らせは、まず羊飼いたちに対してなされました。祭司でも律法学者に対してでもありませんでした。彼らは、イスラエルの社会から疎外され、認められないような最も貧しい人々でした。彼らには法廷で証言する権利も赦されていなかったのです。けれども、神はそんな彼らを、預言が成就してメシヤが生まれたということの最初の証人としてくださったのです。
現在のキリスト教の教理などからすると、イエス・キリストがどのようなお方であるかについての彼らの理解は不十分だったでしょう。けれども真の神礼拝は、神の働きかけに真摯に応えることから始まるのです。

私たちも信仰をもって求めるなら、神のことばの真実を知る恵みの中にあります。神は、まさに魂の平和をもたらす方を送ってくださいました。しかも、世間的には見向きもされないような人たちに、真っ先にその恵みが伝えられたのです。羊飼いたちの心は、信仰と賛美にあふれたことでしょう。喜びが満ちたことでしょう。私たちを見る神の目は、このような目、私たちを「高価で貴い」と見たくださる目です。世間の評価がどのようであったとしても、また、自分でも自分の価値が見いだせないときでさえ、神の私たちを見る目を常に感じつつ歩みたいと思います。信仰と賛美と喜びが伴う歩みが私たちには約束されているのです。

クリスマスとは、天地創造の神が、被造物としてお生まれになるという不思議な出来事が起こった日です。全能の神が無力な赤ちゃんとして生まれた、「ことば」と称される方(ヨハネ1:1)がことばを話せない赤ちゃんとなって生まれてくださった日です。
その上で、主イエスの誕生は、私たちの救いの道を完成させる神のご計画の実現のときでもあったことを確認する必要があります。そして、その神が私たちを救うためになさったことは、「ご自分を無にし(ピリピ2:7)」のことばに要約されます。
神が私たちへの愛のゆえに、天の栄光の高さから、私たちの卑しい地に下りてこられたという不思議と神の深いへりくだりを思わせていただくとき、私たちの中にもへりくだりが生まれます。私たちもキリストのへりくだりに倣いたいと願います。そして、そんなにも愛してくださる神に心からの礼拝をおささげしたいと思います。

以上です。

マリヤは言った。「わがたましいは主をあがめ、わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。主は、この卑しいはしために目を留めてくださったからです。ほんとうに、これから後、どの時代の人々も私を幸せ者と思うでしょう。」(ルカ1:46~48)

今週の聖歌♪ 新聖歌91
「それかみは、そのひとりごをたもうほどに 世を愛したまえり」
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