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マリヤとヨセフへの御告げ [チャペルタイム]

みなさま、こばにちは、ぶぅです。
ぶぅめずらしく風邪をひきまして(何年振りだろう)、一週間ぐらい家に引きこもってました。
今年の風邪は、咳がひどいらしいですね。
ぶぅも大変でした。今のところ、鼻水だけになりましたが。
みなさんんも、気を付けて!!

てことで、今日はすんなり要約に入ります。
今回は黒田明先生です。ありがとうございます。

聖書箇所=ルカの福音書1:26~38
     マタイの福音書1:18~25
説教題=マリヤとヨセフへの御告げ
中心聖句=あなたのおことばどおりこの身になりますように。(ルカ1:38)

きょうは聖書を二か所読んでいただきました。ルカの福音書では御使いガブリエルからの突然の受胎告知に戸惑うマリヤのことが取り上げられており、マタイの福音書ではそんなマリヤの姦淫を疑って悩むヨセフのことが取り上げられておりました。
今回は婚約中のこのふたりの人物を取り上げてみたいと思います。

まずは、マリヤについて。最初にわかるのは、その出身地が「ガリラヤのナザレという町であった」ということです。ご承知の通り、ナザレという町は今日の私たちにとってはあまりにも有名ですが、聖書辞典などで調べてみると、当時ナザレはそれほど有名ではなかったようです。
そして、マリヤの賛歌(マグニフィカト)からの推測ですが、豊かな家の出ではなかったと思われます。
さて、聖書の話になりますが、ある日、御使いガブリエルがマリヤのところに来ました。そして「お
めでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」とあいさつしたのです。
御使いは話続けます。30節と31節。そしてそのあとに続く「その子は神の子と呼ばれ、また救い主として神の民を永遠に治める」との御告げを聞いたとき、これはメシヤ預言の成就のことに違いない、自分の身に宿るイエスという名の男の子が待望の救い主となるということが、彼女にもわかったのではないでしょうか。しかし、マリヤの戸惑いは大きかったに違いありません。
ところが彼女を見ていくと、すぐさま神のみこころに従いました。マリヤはこれを神様の御計画として信仰をもって受け入れ、応答したのです。

次にヨセフについてみていきたいと思います。
マタイの福音書によると、ヨセフはマリヤの妊娠を聞いて、非常に悩みました。
というのも、自分としては全く身に覚えのないことであったからです。「聖霊によって身ごもったのです」と彼女から言われても、それを何によって証明することができるでしょうか。彼女の言葉をただ信じるしかないのです。
当時のイスラエルは婚約中の不貞行為は石打ちの刑に処せられることになっていました。
ヨセフはそのことでも悩み、苦しみました。ヨセフが選択する道は二つに一つ。律法に従い彼女を石打ちの刑にするか、もう一つは離縁状を書いて彼女を立ちさらせるか。ところが、ヨセフにとって考えてもみなかった第三の道が主の御使いによって示されました。
それは、マリヤが聖霊によって身ごもったこと。その子イエスは約束された救い主であるということを信じ、受け入れるという道です。ただしそれを信じ、受け入れるからには、人々から非難され、誤解されることがあるかもしれないことを覚悟しなければなりませんでしたが、ヨセフはこの第三の道を選びました。たとえ困難があろうとも、マリヤと共に神様のみこころのとおりに生きていくという信仰の道を彼は選択したのです。
では、私たちはどうでしょうか。このヨセフのように、たとえ困難があろうとも、神様のみこころならば従っていくという思いが私たちにあるでしょうか。それとも困難はなるべく避けたいので、できるだけ楽な道を選んでいきたいと、思うでしょうか。
確かに、「欲・得・楽」という道を選んで生きていくのも一つの人生かもしれません。
でも、私たちクリスチャンの心がけとしては、神さまのみこころならば、どこまでも従っていく、たとえ困難があっても、それに従っていく、そんな主との関係を常に持っていたいですね。
みことばを二つ読んで終わりにします。

①ローマ8:35~39 私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか。苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

②ピリピ1:29 あなたがたは、キリストのために、キリストを信じる信仰だけでなく、キリストのための苦しみをも賜ったのです。

以上になります。
それでは、みなさん、ごきげんよう!!
主よ。御力のゆえに、あなたがあがめられますように。私たちは歌い、あなたの威力をほめ歌います。詩篇21:13

今週の聖歌♪ 新聖歌394
汝が旨の成るとき 他の人は見るべし
わが内に在す君 キリストの姿を
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