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聖霊によって大胆に語りなさいせり 8/6 [TOP]

みなさま、こばにちは。ぶぅでございます。
フォークとバナナはお元気ですか。
ぶぅは、元気です。
チャペルタイム要約入ります←

聖書箇所=使徒の働き4:23~31
説教題=聖霊によて大胆に語りなさい
中心聖句=彼らがこう祈ると、その集まっていた場所が震い動き、一同は聖霊に満たされ、神のことばを大胆に語りだした。(使徒4:31)

この世で権威のあるとされている議会から迫害と禁止令を受けたクリスチャンがとった態度から、本日も、私たちのあるべき姿勢を学ばせていただきます。

本論Ⅰ.ペテロとヨハネとその仲間たちの行動(23~24節)
解放されたペテロとヨハネが、最初にしたこと、それは23節。「ふたりは、仲間のところへ行き、祭司長たちや長老たちが彼らに言ったことを残らず報告した」ことです。ここから彼らの性格と生活には教会生活が常に結びついており、まるで空気や一日三食の食事のように、これなしには生きていけない程になっていたことがわかります。
報告を受けた人々の反応は「みな、心を一つにして、神に向かい、声を上げて言った」とあります。この人たちの中では、祈りがすぐにでてくる程身についていた様子が伝わってきます。このような、麗しい聖徒の交わりと祈りの中から出てきた彼らの応答は、権威ある議会からの禁止令に屈することなく、反対に「みことばを大胆に語り出した」という結果になったのです。

本論Ⅱ 大胆に語り出した理由(24~28節)
神の主権と大能(たいのう、偉大な能力・力)への全き信頼と賛美ーこれこそが大胆な宣教には絶対に必要不可欠です。けれども、私たちの神が絶対的主権者であられるなら、なぜ私たちが迫害されたり、脅かされたりするのでしょうか。疑問が起こってきます。実は、主権的な神は、「聖霊によって」預言しておられるのです。詩篇2篇のメシヤ預言がそれです。「メシヤ(油注がれた者)」の由来はこの2節からきています。ここに引用されたのは、その前半の神とメシヤに対する世界的反逆の場面です。けれども、詩篇2:4にはこのような世界的反逆に対して、「天に座する者は笑い、主は彼らをあざけられるであろう」と歌います。
迫害の中でも、大胆に神のことばを語ることができる第一の理由がここにあります。

本論Ⅲ 一同の祈りとその結果(29~31節)
一同の祈りは、「迫害をやめさせてください」とか「迫害にあわせないように」というものではあり
ませんでした。
第一は、「主よ。いま彼らの脅かしをご覧になっ」てください(29節)でした。
第二の祈りは、「あなたのしもべたちにみことばを大胆に語らせてください」です。
ギリシャの昔から、人間の自由はまず言論の自由にあるとされてきました。「大胆」とはその言論の自由のことです。

ここで伝道する私たちには二つの自覚が必要です。①この大胆さと自由さは、クリスチャンが神の「しもべ(奴隷)」であり、神のご用に働く以外、何の自由も生活もないことから生まれること。②私たちの伝道の働きも、「みことば(神のことば)を語らせて」いただく神の代弁者に過ぎないという認識から生まれること。
祈って、聖霊に満たされること、これが、神のみことばを大胆に語るために絶対必要条件なのです。

以上になります。ここまで読んでくださりありがとうございます。
みなさまに、神さまの祝福がいっぱいありますように。

今回の聖歌♪ 新聖歌415
「恵み深き御神よ 昔ありし如く
われらひとりびとりを 今日も満たし給え」

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